名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)2160号 判決 1990年8月08日
原告
本多純司
被告
宮商事株式会社
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金一八八万一〇五四円及びこれに対する昭和六三年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、盗難された自動車に追突されて損害を受けた原告が、自動車の所有者である被告に対し、不法行為(管理上の過失)に基づき損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 被告は、普通貨物自動車(車両番号名古屋四七つ二八〇五、以下「本件自動車」という。)を所有していたが、ドアに施錠せずエンジンキーをつけたまま被告の駐車場に駐車させていたところ、訴外石田清春(以下「石田」という。)に本件自動車を窃取された(争いがない)。
2 石田は、本件自動車を運転していたところ、昭和六三年一一月二日午後一一時ころ名古屋市熱田区森後町八番二〇号先路上で信号待ちをしていた原告所有の普通乗用自動車(車両番号三河五一の一二六三)に追突した(甲一、一〇の一ないし六、一一の一ないし一〇)。
二 争点
被告が本件自動車をドアに施錠せずエンジンキーをつけたまま被告の駐車場に駐車させていたことに関して、被告の過失(管理上の過失)及び原告に発生した損害との相当因果関係が認められるか。
第三争点に対する判断
一 (認定事実)
証拠(甲一、一〇の一ないし六、一一の一ないし一〇、乙一の一ないし一八、原告、証人佐藤)によれば次の事実が認められる。
1 被告の駐車場は、被告会社の敷地内にあつて、広さが約二〇〇坪あり、同一敷地内の駐車場西側には被告会社の事務所、倉庫、社長宅が存する。そして右駐車場は東と南の二方で道路に接し、道路との境界には高さ約一・二メートルの生垣フエンス(下半分が三段積みのブロツク塀で、上半分がアルミパイプの工作物)があり、南側の出入口には高さ約一・六メートル、幅約〇・五メートル、長さ約一二・五メートルのアコーデイオンカーテン扉があつた。そして右駐車場内には照明灯二基があり、道路側から駐車場内は見通せる状態であつた。
2 被告の駐車場から本件自動車が窃取されたときには右扉は閉ざされてフツクがかけられていたが、扉には鍵がかけられていなかつた。本件自動車はエンジンキーをつけたままドアに施錠もされず駐車されていた。
3 石田は、訴外伊藤秋久(以下「伊藤」という。)と共に昭和六三年一一月二日午後一一時ころ右駐車場東側の生垣フエンスを乗り越えて駐車場に侵入して本件自動車を窃取し、南側の出入口のアコーデイオンカーテン扉を開いて本件自動車を乗り出した。そしてその数分後、窃盗現場から約一・一キロメートル離れた衝突現場で本件交通事故を起こした。
4 なお、石田は、伊藤と共に自動車盗や車上狙いをしたことがある前科五犯の者であり、本件の約一か月前にも伊藤と共に車上狙いをしたという余罪がある。
二 (判断)
そもそも、所有者と無関係な第三者が自動車を窃取したうえ、これを運転して交通事故を引き起こした場合、盗難車の所有者の過失(管理上の過失)及び事故によつて生じた損害との相当因果関係が認められるには、その所有者の自動車の管理態様から事故の発生が通常生じうべきものであることが必要である。
ところで、本件のように自動車がエンジンキーをつけたままドアに施錠もされず駐車されていたような場合について検討すると、例えばその自動車が路上に放置されていたようなときには、容易に車内に侵入することができるうえ、エンジンキーによつて直ちに自動車を発進させることができるのでその自動車が容易に盗難されるような状況で管理されていたとみることができ、管理上の過失を認めることができるであろう。
しかし、本件事案のように盗難自動車が駐車場に保管されていた場合には、盗取者がその駐車場へ侵入することの容易さ、侵入した駐車場から盗難自動車を持ち出すことの容易さをあわせ考慮してさらに具体的に検討する必要がある。特に自動車の所有者が、ドアに鍵をかけずエンジンキーを差し込んだまま駐車場に自動車を駐車させても、右駐車場が客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造、管理状況にあると認めうるときには、このような自動車の管理態様と右自動車を窃取した者が引き起こした交通事故による損害との間には、相当因果関係があると認めることはできないと解するのが相当である。
以上を前提に本件を検討すると、一で認定した事実によれば、被告の駐車場は高さ約一・二メートルの前記生垣フエンスのほか被告会社の建物等に囲まれ、出入口には高さ約一・六メートルのアコーデイオンカーテン扉が設けられて、無関係な第三者の自由な立入を禁止する構造になつていたこと、被告の駐車場は出入口を通らない限り駐車車両を持ち出すことができないうえ、出入口のアコーデイオンカーテン扉は鍵まではかけられなかつたものの、閉じられてフツクがかけられて外部と遮断されていたこと、駐車場内には照明灯があり不審者の侵入については道路側から容易に窺い知ることができたことが認められる。そして、以上のような駐車場の構造、管理状況を考慮すると、所有者と無関係な第三者が被告の駐車場に侵入して自動車の窃取を図り、出入口のアコーデイオンカーテン扉のフツクを外して扉を開いて自動車を持ち出すことに成功し、かつ交通事故を引き起こすことは、社会通念上、通常生じうべきものということはできない。なお、アコーデイオンカーテン扉に鍵がかかつておれば、本件自動車を駐車場の外へ進出させることはできなかつたわけであるが、それは結果論であつて、石田らのような常習的窃盗者が被告の管理状態を侵奪して自動車を乗り出すことまでは通常予測できないから、右判断が左右されるものではない。
三 (結論)
以上によれば、被告が本件自動車をドアに施錠せずエンジンキーをつけたまま被告の駐車場に駐車させていたことと、原告に発生した損害との間に相当因果関係を認めることはできない。したがつて、被告は不法行為責任を負うものではないから、原告の請求は棄却を免れない。
(裁判官 芝田俊文)